知り合いの話。

彼女は幼い娘さんを連れて、山菜採りによく出かけているのだという。
その日も彼女は、二人で近場の山に入っていた。

なかなかの収穫を上げて、下山している途中でのこと。

いきなり娘が足を止めた。前方、麓の方をじっと凝視している。

「どうしたの?」と聞くと、「あの小父ちゃん、変!」だと言う。

山道の前方を見やると、確かに小さな人影がこちらに向かって来ていた。

上下とも黒い服を着ていて、白い軍手がまるでそこだけ浮いて見える。

見るところ、蜂除け用の網がついた麦藁帽子を被っているらしい。

背中には大きな竹篭を背負っているようだ。

しばしば、そこいら辺りで見かける農夫の姿と大差がなかった。

「何が変なの。失礼なこと言っちゃダメ」

彼女がそう諭すと、娘は強情な顔をして首を横に振り、奇妙なことを言う。

「だってあの小父ちゃん、さっきまで頭が無かったんだよ。 私たちを見て、慌てて背中から頭を出して、身体に載せてたんだもん」

さては、篭から麦藁帽子を出した動作を、そのように見たのだな。

そう考えた彼女は、苦笑して娘の頭を撫でた。
「とにかく、失礼なこと言っちゃダメですよ」と釘を刺す。

しばらくして、その人影とすれ違った。

母子は快活に挨拶したが、相手は軽く会釈しただけだった。

目を合わせたくないかのように、俯いたまま無口で横を抜けていく。

えらく無愛想な人だなと思い、彼女は相手の顔をじろりと見た。

次の瞬間、ひどい違和感を感じる。

何だ?

すぐにその理由に気がつき、全身が凍りついた。

網の奥、麦藁帽子の下の顔。

そこにあったのは、マネキンの頭部だった。

足を止めるのも恐ろしく、娘の手を引いたまま下り坂を歩き続ける。

背後の足音が小さくなっていくのが、無性にありがたかった。

麓についてやっと振り返ると、すでにさっきの男は影も形も見えない。

腰が抜けてへたり込むと、彼女に向かって娘が言う。

「ほらね。言ったとおりだったでしょ!」

娘は鼻を膨らませ、誇らしげに胸をそらしている。

どうだと言わんばかりのその姿に、彼女の恐怖心も霧散してしまい、思わず苦笑してしまったのだそうだ。

以来彼女は、娘と二人きりで山に入らないように注意しているという。