5 :逝く雄 ◆jan/9fR2 :02/02/20 14:09


小学生の時の話。


隣のクラスのおっちょこちょいの悪童Iは、

授業中に私たちのクラスの掃除用具入れのロッカーに忍び込み、 

授業途中でワッ!と飛び出し、クラス中を沸かせて走り去るというパフォーマンスを思いつき、

次の授業で実行することを、私を含めた数人に打ち明けた。

ま、よくある(かどうかはわからないが)ヒーロー気取りの悪ふざけである。 


当時、教室の後方には、各生徒がカバンなどを置いたりするための棚があり、

その左端、廊下に近い側には、ほうきやモップ、ちりとりなどをしまっておくための、扉のついた縦長のロッカーがあった。 

Iはこの掃除用具入れに先生が来る前に忍び込み、授業途中で突然飛び出し皆の笑いを取った後、

すぐそばの扉から廊下に逃げる算段であったのだろう。

もとより逃げても無駄なのだが、私たちはIが怒られる事も含めて期待していた。 



6 :逝く雄 ◆jan/9fR2 :02/02/20 14:09

「んじゃ、やってやるからよぉ!」 

妙にウキウキしたIは自ら金属製のロッカーに入り込み、内側から薄いドアを引っ張って閉めた。

無論カギなどない。


まもなく先生が現れ、何の授業だったか忘れたが、とにかくフツウに授業は始まった。 

この段階で、当然といえば当然だが、彼のことはクラス中に知れ渡っており、

いつ飛び出してくるのかに関心が集中していた。

時折ちらちらと後ろを振り返って見たり、

ロッカーから時折聞こえる「カタン」とかの物音に、誰もがクスクスと忍び笑いをもらたりした。 


しかし、いつになっても彼が出てくる気配はなかった。物音すら立たなくなった。 

クラス中大爆笑を期待していたのだったが、どうやらIが怖気づいたかして、飛び出すのをあきらめたのだと思い。

「まさか寝てるんじゃ?」 

「それはそれですごいバカ」 

などと、私たちは勝手な想像でコソコソと笑っていた。 



7 :逝く雄 ◆jan/9fR2 :02/02/20 14:10

そのうち授業は終わってしまい、起立、礼、着席の号令の後、先生が出て行くのを待って、

私たちはロッカーの扉を開けに行った。

エヘへへ・・・とばかりに頭をかくI、あるいは寝息を立てているIを想像していたのだが・・・ 


ガチャン(扉は単に引っ張れば開く)

私たちが目にしたのは、

「ウワアアアアアアアアん!」 

張り裂けんばかりに大声でわめく、狂ったようなIの姿だった。 

真っ赤に泣きはらし、涙、鼻水、よだれでそれこそグシャグシャで、シャツとズボンには血がにじんでいた。 

「どうしたんだっ!何があったんだ?」 

ロッカーの中に立っていた彼は、崩れ落ちるように四つんばいになって這い出てきた。

体中ガクガクと震え、立てないようだ。 

「@§#&※♂△☆±≒▼∃*」 

泣き喚きながら意味不明のことを絶叫している。 

よくよく聞いてみると、「ドアが開かない」とか、「誰も開けてくれない」とか言ってるようだ。 



8 :逝く雄 ◆jan/9fR2 :02/02/20 14:10

学校中が大混乱になり、Iは即座に病院に連れていかれた。 

先生たちにいろいろ聞かれたが、こっちにもさっぱり訳が分からない。

私たちがいじめで閉じ込めたわけではないのだ。 


後で分かったのだが、Iは授業開始数分で飛び出すつもりだったという。

それまでわざと軽く音を立ててみたりしていたのだという。 

そして、いざ!という時に、扉が開かなくなったのだと。 

ロッカーの扉にカギはついていない。回したりひねったりしてロックする構造でもない。

押せば閉まり、引けば開く。単なるフタの役目しかしていない。 

授業も半ばを過ぎるころから、Iは本気で助けを求めだしたという。 

扉を内側からガンガン叩き(これでこぶしを切ったようだ)、大声でわめき、つま先でけり続けた。

しかし、教室内はまったくの無反応。まったく音に気づく様子はない。

授業の様子は、ロッカーの中にも聞こえてくるというのに。 

Iはその後助け出されるまで、気も狂わんばかりに絶叫しつつ、扉を叩き続けたという。 



9 :逝く雄 ◆jan/9fR2 :02/02/20 14:10

教室内の私たちは、その時授業をしていた先生も含めて、叫び声どころかノックの音すら聞こえなかった。 

Iがわざと立てた物音以外はまったくの無音だった。

普段ならまだしも、Iが飛び出してくるのを期待して集中していたにもかかわらず。 


幸いIはごく軽い怪我ですんだ。

行方不明にも精神病院送りにもならなかった。

Iが無事だったおかげで、いじめではなかったことが証明された。 


彼は扉に付けられた数個の細長いスリットを通して見ていたのだ。私たちが何もしていないことを。 

そして、まったく自分に気づいてくれず、完全に無反応な教室内を間近に見ながら、

泣き叫び、血が出るまで扉を叩き、助けを求めていたのだった。


小学校の時に実際にあった話です。

幽霊も宇宙人も変質者も出てきません。それだけに全く解釈の仕様がない、不可解で気味の悪い出来事でした。 

その後、なんとなく話題にするのがはばかられたまま、現在に至ります。人に話すのは初めてです。

それどころか、当時のクラスメイトとでさえ話題にしたことがありませんでした。数度の同窓会においてもです。

ここに書くことで、今まで胸につかえていたものが少し楽になったような気がします。 

ありがとうございました。